大きな城、大きな町

 山形城下絵図をみると、山形城の広大なことに、みんな驚ろかれたことと思います。本丸と二ノ丸(この中が今の霞城公園)の外に大きく三ノ丸があって、延々と土塁と濠をめぐらせています。

 城というと直ぐ建物を想像しますが、本来の意味は敵から身を守る構えの事で、辞書にも「敵ヲ防ガンガ為ニ、四方ヲ堅固ニ構ヘタル一区ノ地ノ称。外ニ、土石ノ郭、堀ナドアリ、内ニ家アリ兵ヲ屯シテ住ム。」
とありますが、山形城の三ノ丸にも家臣の屋敷がギッシリと書きこまれています。

 東の国に鮭延越前守、大山筑前守、西の方には上山兵部大夫、小栗頼母、北の方には小国日向守、本庄豊後守をはじめそれこそ多くの名前が書きこまれています。

 そしてその地は今の山形駅や、山形市民会館、NHK、電報電話局、教育会館、学校では一小、二小、四小、二中、三中、などみんなその中に含まれます。

 その三ノ丸の土塁と濠も次第に姿を消して、今遺っているのは十日町の歌懸稲荷神社の西だけになってしまいました。南北に長い土塁で幅は基底部で25m、高さ5.4m、外側の濠は幅15m、深さ2.7mの窪みとなって遺っていますが、いま山形県の史跡に指定されています。

 また三ノ丸の外、即ち城下にも多くの名前が書きこまれ、中には重臣達の下屋敷などもありますが、一般の町民の住んだ所も線をひいてたくさん書きこまれています。


昭和61年8月10日発行
「ふるさと山形(2)城下町山形」
先代 武田好吉 著
(S56.9-S58.8 市報「広報やまがた」掲載)
 
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