印役の神明宮

 木立ちも古き神明宮
 鐘の音響く金勝寺
 ながき歴史を伝えたる
 この鈴川の里こそは
 わが学びやの在りどころ
 たのし楽しああたのし
  (前の鈴川小学校々歌)

 鈴川にきて森というと、まず印役の神明宮です。

 モリは杜とも書き、昔は社とも神社とも書いて、神聖なところ、神のおわすところ、という意味だそうであります。

 その神明宮の歴史は古く、しかも其の名を「いんやく」というのは昔、印(印章)と、鑰(かぎ)を御神体として祀った神社で、その神社の名がやがて村(町)の名にもなったと伝えられています。

 しかも調べてみると印鑰神社は一国一社の重要な神社で、その所在地がまた重要なのです。

 印役の神明宮は、遠く奈良時代に大野東人という将軍によって創建されたという由来をもっていますが、それを証するかのように、神社の周囲からは、その時代に使われた土師器や須恵器、それから刀なども出土しております。なかでも、ワラビ手の古刀は非常に貴重で、山形市の有形文化財に指定されております。

 印役の人々はこの神社を非常に大切にし、お祭りも盛大に行われております。

 この神社の正参道は、西南の県道(俗に山寺街道)から入りますが、そこには石鳥居や古い立派な青銅の燈籠が一対立っていて、いかにも古い神社という感じをいだきますが、南の方から入る、いわゆる南参道は、昭和十七年、鈴川村といったとき「みんなで参道を寄進しよう」といって、大宮村長さんを先頭に当時の鈴川村民が土地も労力も提供みんな協力して、おおよそ幅14m余、長さ300mという思いきった参道をつくって寄進したのでした。このことを忘れずに此の参道を大切にしなければならぬと思います。


昭和52年9月2日発行
「ふるさと山形(1)鈴川のさと」
先代 武田好吉 著

 
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