馬見ヶ崎川

 マミガサキガワは、鈴川地方(鈴川・千歳・楯山)にとっても、また山形市にとっても歴史的にたいせつな川であります。

 今から三百七十年前、最上時代の山形城下絵図を見ると、この馬見ヶ崎川は、山形の城下町を東から西に真直ぐ流れています。そしてこの川の南に大きく山形城がえがかれております。それがお城や城下町を水難から救うためにこの川の流れの方向を変え、盃山のふもとを削って北の方に流したのは、最上氏の後に山形城主となった鳥居忠政というお殿様であるといわれています。

 大きなこの川を引受けた私達の祖先は実に広大な耕地を犠牲にしたと伝えられていますがその時、殿様は双月村には紙すき業、それから印役村や山家村には糀製造の特権と振興策を授けたことが伝えられております。

 もっとも馬見ヶ崎の支流があって、それが本流にされたものと私は考えていますが、それからの鈴川地方は終始洪水に見舞われるようになり、水難とたたかった祖先の歴史がたくさんのこっています。

 明治時代になると、この川にも馬見ヶ崎橋・二口橋・千歳橋等が架けられ道路も整備されてゆきました。また最近は治水工事もすすんで、馬見ヶ崎川は山形市の名勝といわれるほど美しくなりつつありますが、そのかげには鈴川地方の、それから山形市の大きな歴史がひめられておるわけです。



昭和52年9月2日発行
「ふるさと山形(1)鈴川のさと」
先代 武田好吉 著

 
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